2018年11月2日

母のノート

小さな惣菜店を営む料理の得意なエラン(イ・ジュシル)。レシピを書き留めたノートはエランにとって大事な宝物だ。一方、息子のギュヒョン(イ・ジョンヒョク)は教授職を得られず非常勤講師をしている。妻のスジンが家庭教師の仕事をしているため、エランが2人の孫を預かることも多い。しかし、エランは物忘れが激しく、時に不可解な行動をとるようになってきた。むりやり病院へ連れていくと、認知症が進行していることが判明。さらにギュヒョンは母の「忘れたくても忘れられないこと」を知ってしまう。惣菜店を売り払って教授職を得るための“寄附金”を得るつもりだったが、ギュヒョンは母のノートを見つけ……。

 今年のコリアン・シネマ・ウィークは、6本のうち、2本が日本でも劇場公開済み(『タクシー運転手 約束は海を越えて』『犯罪都市』)で、1本(『復讐のトリック』)はまもなく公開。ここでしか観られないものは半分の3本でした。最後に観たのがこの作品。テーマに沿ってのセレクションなのか、どれも家族の再生といった物語でしたが、こちらは母と息子の物語です。ちなみに「日本初上映」と謳ってましたが、京都国際映画祭で2週間ほど早く上映されているので「初」ではないですね。
 泣けます。
 が、ちょっと引っかかるところも……。【ネタバレ注意】エラン(イ・ジュシル)には幼くして亡くした息子がいたわけですが、だからといってギュヒョン(イ・ジョンヒョク)に冷たいのはどうなんでしょう? 「あなたを責めてるわけじゃない。自分を責めてるの」とは言うものの、明らかにそんな態度じゃない。しかも何十年も経ってそれを知らされるギュヒョンの気持ちは……。それと、最後の最後に「おまえが私の宝物」と言いますが、それじゃ妹の立場は!?と思ってしまいました。また、エンドロールで一般人の「お母さん大好き」といったメッセージ動画がたくさん流れます。『トック』では同じように祖父と孫の写真が映し出されましたが、そういうの、あまり好きじゃないんです。
 感動の押しつけように感じてしまったのは自分が素直じゃないからでしょうか……。

2018年11月1日

サングォン

建築現場で働くサングォン(イ・ムンシク)は、泥酔した翌朝、路地裏で目を覚まし、大金の入ったバッグがなくなっていることに気づく。一緒に呑んでいたジョンホ(チェ・ムソン)は店を出たときには持っていたと言う。バッグには妻のインスク(チョ・シネ)が店を出すための契約金が入っているのだった。その一方でサングォンは出稼ぎ労働者の遺体が見つかったという話を聞く。昨夜の記憶がまったくないサングォンだが……。

 KBS WORLDでなぜか古いドラマスペシャル作品をいくつかやっていて、未視聴のものを録画。2012年の作品です。「応答せよ1988」でブレイクする前のチェ・ムソンなど、地味な俳優がたくさん出ています。サングォン(イ・ムンシク)と衝突する朝鮮族の出稼ぎ労働者は「賢い監房生活」のコ博士、チョン・ミンソンですね。重要な役どころでした。
 どん底の生活をするサングォンがさらなる悲惨な目に遭うわけですが、冒頭で取り調べを受けるサングォンの姿からはじまり、酔って記憶のないサングォンが本当に人を殺したのか……というミステリでもあります。予想のつく展開ではありましたが、サングォンに追い討ちをかけるような酷たらしい結末。けっして後味のいい作品ではありませんが、イ・ムンシクの熱演でズシリと印象に残る作品でした。

2018年10月31日

私に残った愛を

建設会社で現場の所長を務めているボンヨン(ソン・ジル)は毎日のように帰りが遅く、妻のファヨン(チョン・ミソン)は不満を抱いている。高校生の双子の兄妹、ウジェとダルリムは朝からにらみあい、父親を相手にすることもない。末っ子のビョルリム(イ・イェウォン)だけがボンヨンになついている。そんなある日、身体の不調を感じていたボンヨンが病院へ行くと、末期の大腸癌であることを告げられる。さらに建築現場で起きた事故の責任をなすりつけられ、解雇されてしまったボンヨンは……。

 いわゆるキリスト教映画ですね。製作のCBSというのはChristian Broadcasting System=基督教放送のことです。まぁ、とてもわかりやすい映画。泣けます。
 序盤、ボンヨン(ソン・ジル)がカラオケで、ダルリム(クォン・ソヒョン)が路上ライヴで歌うのは、ピョン・ジンソプ(변진섭)の「鳥のように(새들처럼)」でした。1988年の1集に収録されたヒット曲で、FTISLANDが2011年にカヴァーしたりも。別々の場所で親子が同じ曲を歌っているというのがおもしろい演出なのですが、ソン・ジルにキーを合わせているためか、元4Minuteのクォン・ソヒョンの歌がいまひとつ。その後も何曲か歌いますけど、父親が歌手になるのを反対するのもわかるというか、圧倒的な歌唱力というわけではないのが残念でした。ダルリムの双子の兄、ウジュ役はPENTAGONのメンバーのホンソクですが、こちらは歌う場面はありません。ちなみに、エンディングで流れるのもピョン・ジンソプの曲、「風は(바람은)」。2015年の新しい曲です。
 ボンヨンの妹のスンジョン(チョン・スヨン)がやっているcafe bronsisは麻浦区延南洞に実在するカフェのようです。Instagramを見つけた人がいました。

2018年10月30日

トック

幼いドック(チョン・ジフン)とドッキ(パク・ジユン)は祖父のハクス(イ・スンジェ)と3人で暮らしている。ある日、ハクスは余命がわずかであることを告げられる。息子である2人の父親は1年前に亡くなり、母親はある事情からハクスが家を追い出したのだった。ハクスは遺されるドックとドッキのことが心配で……。

 餅の映画かと思ったら違うんですね。餅(トック)ではなく、登場人物の名前でした。劇中でほんの数回しかフルネームは出てこず、語頭では濁らないためにそう表記したのでしょうが(NHKでの「冬のソナタ」のカン・ジュンサンとチュンサンのように)、誤解を避けるためにも「ドック」のほうがよかったんじゃないでしょうか。
 ベタな物語といえばベタなのですが、もう、これは涙なしには観られません。特に後半は嗚咽する声が漏れないか心配になるほどでした。
 ノーギャラで出演を買って出たらしいイ・スンジェはいわずもがな、ドック役のチョン・ジフン(「トッケビ」に出てた子ですね)の熱演が涙を誘います。妹のドッキ役のパク・ジユンちゃんはたどたどしいな……と思ったら、愛着障害で5歳だけど言葉は3歳児並みという設定なのでした。絶妙です。喧嘩はしても仲直りする少年同士、そして、おそらくハクス(イ・スンジェ)とは長年の幼なじみなのであろうチョン女史(ソン・ビョンスク)と村長(チャン・グァン)という大人の関係性にも微笑ましいものがありました。いわゆる悪人が出てこないところが美点でしょう。冷たい現実を突きつけるのも映画かもしれませんが、希望を感じさせてくれるのも映画ですから。駆けだす兄妹のラストショット、最高です。
 それと、母親がインドネシア人という設定で、多文化映画という側面もあるんですね。女性監督パン・スインのデビュー作ですが、草稿から8年かかっているそうです。大学時代に東南アジア出身の友人がいて、多文化家庭について映画にしたかったとのこと。

2018年10月29日

雨の国

 2年前の雨の日に夫を交通事故で亡くしたナラ(チョン・ウンチェ)が教職に復帰した。一方、隣のクラスの生徒のウギ(ユ・ミンギュ)は、同じ日に父を亡くして以来、雨を恐れるようになっていた。葬儀場で出会っていた2人は、同じ傷を抱える者同士、おたがいを慰めるように距離を縮めていく。ところが、学校で2人の噂が広まってしまい……。

 主役に抜擢された『ヘウォンの恋愛日記』(13)に続いて『自由が丘で』(14)でもホン・サンス監督作に出演しているチョン・ウンチェ。その『自由が丘で』で共演した加瀬亮と熱愛なんて記事が「フライデー」に載ったのはもう5年も前ですね。ちょうどその頃の作品です。相手役は「医心伝心」でジェハ/ジノ役のユ・ミンギュ。
 教師と生徒の禁断の愛ということにはなりますが、しみじみとした味わいです。

2018年8月31日

王になった男

光海8年(1616年)。暗殺に怯える王(イ・ビョンホン)は、自分の影武者となる人物を探すよう都承旨のホ・ギュン(リュ・スンリョン)に命じる。白羽の矢が立てられたのは堕落した王の風刺劇を演じていた道化師のハソン(イ・ビョンホン)。王と瓜二つのハソンは、三日に一度、代役を務めることになった。ところがその矢先、王が倒れる。敵対勢力に知られることを恐れたホ・ギュンは、王が回復するまでのあいだ、ハソンを王に仕立てることに。ハソンは王としての振る舞いを学びながら宮廷生活に慣れていくが、やがて権力争いばかりの政治に疑問を抱く。そして自らの言葉で発言をはじめ……。

 王と庶民が入れ替わるという同様プロットの映画が同時期に公開されました(韓国で約1ヶ月違い)。チュ・ジフン主演の『私は王である!』です。あちらはコメディ色の強いものでしたが、こちらはよりシリアス。しかし、絶妙の間で、じわりと笑える場面が随所に散りばめられています。それも演技巧者がそろっているからこそでしょう。まわりにバレないよう慌てふためくホ・ギュン(リュ・スンリョン)とか、「笑ってくれ」と言われた中殿(ハン・ヒョジュ)のぎこちない笑顔とか、実にうまいものです。もちろんイ・ビョンホンも。死に怯える孤独な王の光海君、人間味あふれる道化師のハソン、相反する2つのキャラクターを見事に演じ分けています。しかし、そんなハソンも次第に本物の王のような風格を備えていくわけで、
 シム・ウンギョン扮する女官のサウォルも重要な役どころで、ひとつのクライマックスを演出していますが、キム・グァンイン扮する護衛武士のト部将が最後においしいところをもっていった感も。いちばんの泣きどころなのでした。民の苦しみを知るハソンのまっすぐな想いが人を変えたという、グッとくるポイントです。

2018年8月19日

王様の事件手帖

1468年。あらゆる事件を自分で解決しないと気が済まない風変わりな王(イ・ソンギュン)は、補佐役として、目にしたものはすべて記憶するという新人史官のイソ(アン・ジェホン)を任命する。そんななか、漢陽で人間の頭が燃えだす奇怪な事件が発生。王はイソを従え、真相を暴くため秘密裏に捜査を開始する……。

 破天荒な王と頼りない史官のバディムーヴィーで、難しいことは考えずに楽しめる時代劇コメディ。
 王は実在した睿宗ですが、特に史実に沿ってという感じではありません。地名もちょっと変えていたり、時代考証も甘め、あくまでもフィクションということなのでしょう。まぁ娯楽作品なのでそこはいいとしても、キャラクター設定やストーリー展開がやや粗い気はします。驚異的な記憶力をもつというイソ(アン・ジェホン)ですが、実際に発揮される場面はあまりありません。ソナ(キョン・スジン)も思ったほどに活躍しません。そのわりにラストシーンで王と並んで笑顔を浮かべてます。才能を見出されて王を補佐する役職に就いたとかなのでしょうが、彼女の出番はほかにもカットされてそうな気配。そうした個々のキャラクターを次作では掘り下げてほしいところですね。
 と、勝手に続編を期待しますが、実際のところ「朝鮮名探偵」のようにシリーズ化はアリなんじゃないでしょうか。イ・ソンギュン扮する王は、堅苦しい言葉を嫌い、好奇心が旺盛で頭が冴え、もうひとつ秀でたもの――ネタバレになるので書きません――があって、魅力的なキャラクター。時代劇は初でしたが、いい声ですし、王役が似合ってます。イソにももっと活躍してほしいですし、いまや「韓流ぴあ」の表紙まで飾っているチョン・ヘインは出番が少なすぎて、なんだかもったいないというか。ソナもいろいろと発明品でサポートできることでしょう。それぞれの見せ場はいくらでもつくれそうです。韓国では大ヒットとはいかなかったようですが、誰もが楽しめる娯楽作として続けてほしいものです。