2011年4月6日

西森路代『K-POPがアジアを制覇する』

 アジアを席捲するK-POPアイドルが、どのように世に送り出されてきたのか、日本のアイドルとはどこが違うのか――その躍進の背景を読み解き、さらに日本の問題点を指摘する一冊です。
 まずは、韓流的なイメージからの脱却に成功して「礎」となった東方神起、「楽曲やパフォーマンスがよければ、多くのファンに受け入れられるということを証明」して「始祖」となったBIGBANGら、J-POPシーンにおける韓国勢の代表を紹介します。少女時代やKARAなど、いわゆるガールズグループの攻勢については「攻めのセクシーさには慣れていない」日本人男性にとって"ちょうどいいセクシーさ"がポイントになっていると分析。「女性であっても何かありがたく(いや、むしろ同性だからこそありがたく)」といった女性ならではの視点がおもしろいです。女性の視点という意味では、男女の"萌え"の違いも勉強になります。女性は「アイドル本人の気持ち」を知りたいのであって誰かのフィルターを通したアイドル論はいらない、人と人との関係性に"萌え"を感じるためグループ間のメンバー同士がじゃれあう姿に弱い、イケメンが好きというよりもイケメンのもつ個性を見つけ出すことが好き......などなど。また、事務所ごとに異なるアイドルたちの特色を分類している点もK-POP初心者にはわかりやすいでしょう。多くの人が真似できるキャッチーでユニークなダンスが重要で、フック(一度聞いたら忘れられないような強いメロディ、リズム)の多用が、現在の日本で大衆に歌を浸透させる「タイアップ」という手法と対峙するものであるという指摘も興味深いところです。
 本書では、翻って日本のアイドル文化にも踏み込んでいきます。深読みあってこそ、ハイコンテクストな(=物語を共有している)日本では「育てる」「未成熟」などが重要なキーワード。韓国では練習や努力が(アイドルになるための)手段や通過点であるのに対し、日本ではそれ自体が目的、つまり見せるもの。そして自分の外側に"何か"を求める「バージョンアップ」という考え方をする韓国、自分の中に"何か"を求める「自分磨き」に没頭する日本、という考え方にも納得できます。「隙」があることが日本のアイドルには必須という点や「部活感覚」という表現にも、なるほど、と頷いてしまいました。アイドルも日本では"ガラパゴス化"してますね。
 第3章〈アイドルでわかる日韓文化〉の後半から第4章〈Kはなぜ強いのか〉にかけては、より日本文化に迫っていきます。「個人の自由を得た人々が、成熟を拒否する自由も得た」ポストモダンの日本では、社会が成熟する一方で個人が未成熟になってきています。"日本語ラップの感謝率は異常"といわれるような、J-POP(特にラップ)にあふれる「ありがとう」についても触れ、そこから過剰なポジティブ・シンキング、「ネガティブなことから目をそむけたいという考え」が蔓延していることも危惧しています。一方の韓国には若者の万能感に歯止めがかかる「父性」や事実を受け止めて次に進むべきモチベーションとなる「恨」などがあり、ネガティブな思考を大切にしてきたといえます。
 最後にはアイドル論を超えて「日本はどこに向かうべきなのか?」といったところにまで話題が広がっていきます。たしかに今のK-POPブームは、日本人が「『他者』を見る必要性」を知るいい機会となったのかもしれません。
 そしてまた、3.11後に読み直すと(提供されて当然と考える教育や労働などの)「権利が簡単に剥奪されるものだという想像力が働いていない」といった一文に、より深く考えさせられます。もちろん、K-POPについて詳しく知りたいというだけでも充分に役立ちますが、実に読みごたえのある一冊でした。

西森路代『K-POPがアジアを制覇する』
原書房/1,575円/2011年2月25日発売

【目次】
第1章 K-POP到来
東方神起の不在はK-POPブームに影響を与えたか/BIGBANGにとまどった業界人たち/女性アイドルの傾向は?/男性アイドルの傾向は?/キャラクターは事務所で決まる
第2章 ここが知りたいK-POP!
K-POPのダンスと日本アイドルのダンス/日韓の時代を超えた共通点とは?/フックとは何か?/どうして若い女性がK-POPにハマるのか/兵役とアイドル/アイドルを輸出する/日本とアジアのエンターテイメントの時差
第3章 アイドルでわかる日韓文化
アイドルの製作現場で起きていること/常にアップデートを迫られる韓国、変わらないものを求める日本/CDは株券ではないが、参加券ではある/日本のアイドルはガラパゴス化しているのか?/萌えと成熟
第4章 Kはなぜ強いのか
「ポジティブ・シンキング」で大丈夫!?/日本はどこに向かうべきなのか?)



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