2016年11月17日

奇跡のピアノ

目の見えないユ・イェウンは、3歳のときに母の口ずさんだ歌をピアノで演奏しはじめ、たちまち天才少女ともてはやされるようになった。母はイェウンをピアニストにするため時に厳しく練習させる。やがてイェウンはコンクールに出場するが……。

 優れた聴覚と音感をもつ盲目の少女と彼女を支える両親の喜怒哀楽を綴ったドキュメンタリ映画。
 ナレーションはパク・ユチョン。8年前に音楽番組で共演したことがあるそうで、イェウンのピアノ伴奏で歌ったのだとか。エンドロールのクレジットには名前のあとに「才能寄附」と明記。韓国でよく使われる言葉で、ノーギャラの声の出演ということになります。わざわざ書くことかなぁと思わなくもないですが……。
 途中で、イェウンは「本当のお母さん」のことが知りたいと言いだします。そう、彼女は実の子ではないのでした。母のパク・チョンスンは、生後1ヶ月のときに一時的にイェウンを預かったのですが、障害のため里親は現れなかったのだそうです。彼女は障害者施設を運営しています。夫のユ・ジャンジュも交通事故による脊髄損傷であらゆる日常生活に要介助。それでも笑顔を絶やさず、たくましく暮らしています。イェウンの質問に「私はお母さんじゃないの? いっしょに住んでるのがお母さんでしょ」と答えます。目が見えないことに対しても「見えなくても生きていけるでしょ? みんな違ってる」と諭します。「痩せてる人もいれば、太ってる人もいるでしょう。お母さんみたいに」と笑わせて。
 しかし、つらい場面も少なくありません。仲のいいヒョンジに「大きくなったら見えるようになるかな」と尋ねたりしますが、イェウンには先天的に眼球がないのです……。また、よく理解してくれる人ばかりではありません。コンクールに向けて特別レッスンを受けることになるのですが、その先生、イェウンにこんなことを言います。
「楽譜どおりに弾かなきゃダメでしょう」
 イェウンは楽譜を読めないんですよ……。先生が帰ったあとにイェウンは悔し涙を流します。
 その一方で、ピアニストのイ・ジヌクとの出会いはイェウンの才能を伸ばします。初めて会った日、イェウンが感じた気分をピアノで表現させ、それに続けてイ先生が曲を展開、それを再びイェウンが継いで……と繰り返します。まるで会話をするかのように。イェウンが物語性のある音楽を生みだすことに気づき、イ先生は「うらやましい」とまで言います。そして自分のコンサートに特別ゲストとして招き、ふたりで作曲した「白雪姫と七人のこびと」を演奏するのでした。
 テレビで“5歳の天才モーツァルト”と紹介されたのはカン・ホドンがMCを務めるバラエティ番組「スターキング」。2007年3月3日に放送された第8回ですね。画面には若々しいハハがちらっと映ってました。

奇跡のピアノ

原題 기적의 피아노(奇跡のピアノ)
2015年/韓国/80分/2015年9月3日公開(韓国)
2016年10月22日公開(日本) 韓国映画セレクション2016 AUTUMN

監督 イム・ソング
ナレーション パク・ユチョン

2016年11月9日

ひと夏のファンタジア

第1章 First Love, Yoshiko(初恋、よしこ)
 映画監督のテフン(イム・ヒョングク)が次回作の構想を練るため五條市にやって来た。彼はミジョン(キム・セビョク)の通訳で観光課職員の友助(岩瀬亮)に案内してもらう。

第2章 Well of Sakura(桜井戸)
 女優の仕事に悩みを抱えるヘジョン(キム・セビョク)が五條を訪れた。観光案内所で声をかけてきた柿農家の友助(岩瀬亮)と次第に打ち解け、帰国前夜、花火大会に誘われるが……。

 劇場公開時も見逃してしまって、ようやく新大久保映画祭で観ることができました。
 なら国際映画祭「NARAtiveプロジェクト」の2014年度作品で、奈良県五條市を舞台とする日韓合作映画。現地の一般人へのインタビューを交えたドキュメンタリタッチの第1章と、韓国人と日本人の出会いを描いたフィクションの第2章からなります。ホン・サンスっぽくもありますが、あちらほど不条理ではなく、わかりやすい構成といえるでしょうか(深読みもできるのでしょうけども)。第1章は全編モノクロで、テフンが煙草を吸いに外へ出て振り向くと、夜空に打ち上げ花火が広がってカラーの第2章へとつながります。鮮やか。昔ながらの喫茶店、寂れた山奥の村、廃校になった小学校といった場所、韓国人を案内したことがあるという友助の話、ケンジ(康すおん)の韓国人留学生との恋といったエピソード……などなど、第1章で映画監督のテフンが見聞きしたことが、第2章のモチーフになってます。
 主演のキム・セビョクと岩瀬亮はそれぞれ2役を演じてる(岩瀬亮の役は同名ですが、設定が違う)わけですが、気づかない人もいたとか。たしかに、だいぶ印象は違いますね。余談ですが、この作品の、特に第2章の岩瀬亮ってピョン・ヨハン(とりわけドラマ「元カノクラブ」での彼)に似てると思いました。
 第2章も即興的に撮影したそうで、ドキドキ感がたまらないクライマックスは、それぞれに別のディレクションをしていたんだとか。なるほど。順撮りだそうですし、ある意味ではドキュメンタリ的といえるかもしれませんね。どこか切なく、夢のようでもありつつ、やっぱりリアル。「ひと夏のファンタジア」というタイトルがぴったりです。
 イ・ミンフィによる音楽もすごくいいですね。特にエンディングで流れる「ひと夏のファンタジア」。歌詞に韓国語と日本語が混在する、はかなげな雰囲気のアコースティックな楽曲です。菊地成孔は「この曲を聴くためだけでも、本作を観るべきだ」とまで書いてました。

ひと夏のファンタジア

原題 한여름의 판타지아(ひと夏のファンタジア)
2014年/日本・韓国/97分/2015年6月11日公開(韓国)
2016年6月15日公開(日本) http://hitonatsunofantasia.com/

監督・脚本 チャン・ゴンジェ

キム・セビョク……パク・ミジョン/ヘジョン
岩瀬亮……武田友助
イム・ヒョングク……キム・テフン
康すおん……ケンジ

2016年11月5日

ケチュンばあちゃん

海女のケチュン(ユン・ヨジョン)は幼い孫娘のヘジ(キム・ゴウン)と済州島で慎ましくも幸せなに暮らしていた。ところがある日、市場でヘジを見失ってしまう。
 ――12年後、ヘジが見つかったと連絡が入る。実母に連れ去られ、ばあちゃんは死んだと聞かされていたのだという。ケチュンとふたりで暮らしはじめたヘジは、高校に通うようになり、幼い頃から好きだった絵の才能を美術教師のチュンソプ(ヤン・イクチュン)に見いだされる。しかし、ソウルで開催された美術コンテストの会場で再び姿を消してしまう……。

 ベテランのユン・ヨジョンと、若手実力派のキム・ゴウン。安心なふたりの主演で、切なくも、あたたかな気持ちにさせられる作品でした。ぶっきらぼうながらヘジの才能を伸ばす美術教師役のヤン・イクチュンも、いいたたずまいをしてますね。
 もっとも気になるのがヘジの正体なわけですが、はじめは詐欺師なのかと思ってしまいました。本人でなければ知らないはずの幼い頃の思い出をちゃんと語るものの、何かを隠してるようで……。それが、ひねりの効いた、それでいて納得の設定。やられました。そして、ケチュンばあちゃんの最期の言葉は真実を知ったうえでも思いやりにあふれたもの。終盤は泣かずにいられませんでした。
 ちなみに、タイトルにある할망(ハルマン)は済州方言だそうで、 할머니(ハルモニ)、つまり「おばあさん」のことです。
 SHINeeのミノも出てることですし、日本でも劇場公開されるといいですね。

ケチュンばあちゃん

原題 계춘할망(ケチュンばあちゃん)
2015年/韓国/116分/2016年5月19日公開(韓国)
第29回東京国際映画祭にて日本初上映

2016年11月4日

あなた自身とあなたのこと

ソウル、延南洞。画家のヨンス(キム・ジュヒョク)は、恋人のミンジョン(イ・ユヨン)が酒を控える約束を破っていると聞き、彼女と言い争いに。ミンジョンは「距離をおきましょう」と去り、ヨンスは後悔する。その一方で、ミンジョンはジェヨン(クォン・ヘヒョ)にもサンウォン(ユ・ジュンサン)にも声をかけられるが、人違いと言い張っている。やがてヨンスはミンジョンを見つけるが……。

 ホン・サンス節、健在。もちろん唐突なズームも。
 今作は、イ・ユヨン扮する不可解なヒロイン、ミンジョンがとりわけ印象的。彼女は誰に対しても「人違い」と言いますが、本当に別人なのだったらSF的なファンタジーですし、本人がそう思い込んでいるのだとしたらある種の病的なもの、すべてが芝居なのだとしたらかなりコワい話です。正解のヒントはまったくなく、まるっきり観客に委ねられているところがホン・サンスらしいおもしろさだと思います。
 ヨンスは「初めて会ったときのよう」と新鮮な気持ちでミンジョンに向き合いますが、それでいいのかよ!と思いつつも、「(相手のことを)知ってるつもりになって失敗ばかり」というヨンスの言葉にはなかなか深いものがあります。人生の教訓と受け取ることもできますし、ハッピーエンドといえばハッピーエンド。これは観る人によってだいぶ違ってくるんでしょうね。また観ると印象も変わりそうです。日本でも劇場公開されるといいのですが。

あなた自身とあなたのこと

原題 당신자신과 당신의 것(あなた自身とあなたのこと)
2016年/韓国/86分/2016年11月10日公開(韓国)
第29回東京国際映画祭にて日本初上映

2016年11月2日

グローリーデイ

20歳になった4人の親友同士。サンウ(スホ)は祖母に苦労をかけまいと入隊を志願した。4人は浦項への最後の旅行を計画。ヨンビ(ジス)は、母の目を盗んで家を抜け出したジゴン(リュ・ジュニョル)とともに、野球部の練習からトゥマン(キム・ヒチャン)を連れ出した。海辺で旅行を満喫する4人だったが、港で暴行に遭う女性を目撃。正義感の強いヨンビが止めに入るが……。

 え、ここで終わり!? というのが正直なところ。もろくも崩れた友情をどう取り戻すか(あるいは取り戻さないか)は描かず、崩れ去ったところで終わってしまいました。それはそれでアリかもしれませんが、ちょっと物足りないような……。
「麗~花萌ゆる8人の皇子たち~」のジス、「応答せよ1988」のリュ・ジュニョル、「恋はチーズ・イン・ザ・トラップ」のキム・ヒチャンと旬の若手俳優が勢ぞろい。EXOのスホはさすがにズバ抜けたルックスですね。そのおかげの日本公開でしょう。
 まともに話を聞こうとしない警察、世間体ばかり気にする親――大人の身勝手さに翻弄される若者たちの痛ましい青春物語。登場人物と同世代だったら充分に刺さったかもしれません。

グローリーデイ

原題 글로리데이(グローリーデイ)
2015年/韓国/93分/2016年3月24日公開(韓国)
2016年10月8日公開(日本) http://gloryday-movie.com

2016年10月30日

私を忘れないで

交通事故に遭い、病院のベッドで目を覚ましたソグォン(チョン・ウソン)は、10年間の記憶を失くしていた。そんな彼の前に、ジニョン(キム・ハヌル)という女性が現われる。ソグォンの姿を見て涙を流す彼女に惹かれ、やがてソグォンはジニョンとの幸せな時間を過ごす。ところが、次第に過去の断片がソグォンの頭に浮かびはじめる。ジニョンはソグォンが記憶を取り戻しつつあることに怯えるのだが……。

 カリコレ2016で観逃してしまい、コリアン・シネマ・ウィーク2016にて鑑賞。
 まったく予備知識なく観ました。ジニョンの正体は詐欺師かと思ったほどで、衝撃の展開に驚愕。あまりに痛ましい事実がソグォンを待ち受けているのでした。
 序盤からところどころ引っかかる場面があるのですが、それらは真実が明かされたところで「そうだったのか!」と納得します。(1)ソグォンのもとへやって来たジニョンはなぜ彼の居場所がわかったのか、(2)ぬいぐるみを轢いてしまったジニョンはなぜあれほど取り乱したのか、(3)ジニョンが職場復帰を「その制服を着るのはうしろめたい」と断る理由、(4)ソニ(チョ・イジン)の飼っているマークという犬がソグォンに向かっていく理由、(5)ジニョンはなぜオランダに移住しようとするのか……などなど。
 しかし、よく考えると、ジニョンがかわいそうですね。もちろんソグォンもそうですが、彼は現実を受け止めきれずに逃避してるといえるわけで……。最後の記憶も「そこまでかよっ!」とツッコミたくなるような(本人ではなく、ふたりの当事者にとって)残酷なもので……。そういうところが悲劇といえば悲劇なのですが。
 とはいえ、チョン・ウソンはさすが。記憶を失くしたどこか虚ろなソグォンと、かつての冷たい弁護士だったソグォン、まるで別人のように演じてます。
 あとから知ったのですが、チョン・ウソン自ら製作を手がけ、新人監督を起用してるんですね。イ・ユンジョン監督はいくつかの作品で脚本や脚色を担当してますが、長編は初。2010年に同名の短編映画(主演はキム・ジョンテ)があって、自身の失踪届を出す男性の前に自分を知ってそうな女性が現れるというプロットなので、これを長編化したのでしょうか。
 終盤にまたしても悲劇的な展開を見せますが、かすかに救いのあるラストにホッとしました。

2016年10月24日

国選弁護人 ユン・ジンウォン

再開発地区の強制撤去現場で、ひとりの警察官が死亡した。現場に立てこもりを続けていたパク・チェホ(イ・ギョンヨン)が犯人として逮捕されるが、彼の息子もまた現場で命を落としている。国選弁護人として担当を依頼されたのは、三流弁護士のユン・ジノン(ユン・ゲサン)。チェホは「自分は警察官から息子を守ろうとしただけだ」と主張し、記者のスギョン(キム・オクピン)も「何か裏がある」という。事件を調べると、不自然な点が見られるばかりか、捜査資料は閲覧禁止とされていた。ホン検事(キム・ウィソン)らが事件を闇に葬ろうとするが、ジノンは世論を味方につけ、国を相手に裁判を起こすことを決意する。賠償請求額はわずか100ウォン。先輩弁護士のデソク(ユ・ヘジン)、そしてスギョンとともに、ただ真実のみを求めた訴訟を開始するが……。

 2009年の「龍山惨事」(再開発計画に反対して籠城した住民と警察特攻隊が衝突し、炎上したビルで5人が焼死した事件)をモチーフに製作された法廷サスペンス。冒頭でフィクションとの断り書きが出ますが、日本語字幕にはなってませんでした。日本では実際の事件を思い浮かべる人がいないということでしょうが、逆にいうと、韓国では断りが必要なほど記憶に残っている事件なのでしょう。
 主人公の名前が邦題になりましたが、実際の発音としては「ジノン」ですね。
 ユン・ゲサン扮する主人公のユン・ジノンは、地方大学の出身で、コネもない若手弁護士。わずかな功名心と正義感で国家相手に訴訟をぶち上げます。けっして清廉潔白というわけではありません。言葉も荒い行動派の記者コン・スギョン(キム・オクピン)、情に厚い先輩弁護士チャン・デソク(ユ・ヘジン)とともに前代未聞の裁判に挑んでいくという。
 国家権力への不信感を描いた韓国映画はたくさんあり、そうした傾向の一作。スカッとする結末には至らず、社会の不条理を思い知らされますが、演技巧者たちの芝居が堪能できます。イ・ギョンヨンは百想芸術大賞の助演男優賞を受賞しました。台詞はあまりないものの、ドラマ「六龍が飛ぶ」の李之蘭役、パク・ヘスが出てたりも。そういえば、ホン検事役のキム・ウィソンも「六龍が飛ぶ」で鄭夢周役でしたね。2000年代は実業家で俳優業は休業してましたが、このところ映画にもドラマにも精力的にしてます。

国選弁護人 ユン・ジンウォン

原題 소수의견(少数意見)
2013年/韓国/126分/2015年6月24日公開(韓国)/2016年10月1日(日本)